2011年09月05日

【足立社長列伝】 第1回 株式会社マツブン 松本照人社長 <後編>

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▼ タレントのノベルティアイテムも手がける仕事の広さ

マツブンにはタレント関連の特注品の依頼もちらほらと舞い込んでくる。
事務所内に飾られているのは女優の瀬戸朝香が訪れた際の写真とサイン。

「瀬戸さんは非常に素敵な方でしたね。
 彼女の所属事務所のスタッフ全員のために
 イニシャル入りのオリジナルワッペンを作ることになり、
 ご本人が直接来られたんです。

 後日、瀬戸さんがいのっちさんのワッペンもデザインすることになったんですが、
 いのっちさんはスケジュールの都合で来社いただけませんでした(笑)」


また、過去には明石家さんま54歳のバースデイポロシャツも作成。

「今はサンプルがないんですが、
 明石家さんまさんご本人が気に入ってくれて
 皆に配りたいからと30枚ほどお買い上げいただきました。
 関西で放送してる『明石家電視台』という番組の企画ですね」。


ちなみに、こちらのポロの画像はマツブンのサイトに掲載されているので、
気になる人はチェックして欲しい。

http://www2.matsubun.com/monthlyreport/page/6/(「今月の匠」ページ、2009年07月10日)」。

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瀬戸朝香サイン&記念ショット。左下のワッペンには朝香のイニシャル「A」が入っている。
写真中央に写るのは現会長である松本誠氏。


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アンディ・ウォーホールゆかりのポロシャツ、ではなくキャンベル社のオフィシャルポロ。
ひとつひとつの星も丁寧に表現された刺しゅう技術が光る。

  
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現在は俳優として活躍するARATAとモデルのKIRIが立ち上げたリボルバー(現在はKIRIのみ)から
リリースされたFARRELLラインのバッグ刺しゅうもマツブン作。
松本社長の記憶によればインドネシア旅行に感化されたデザインとのこと。
裏原バブルを感じさせる42000円という強気のプライス。


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その年の実績を一面にあしらったディスプレイ用のイヤーポロ。
民主党、ミシュラン、ガーディアンエンジェルスから個人のプレゼント用まで。
マツブンの仕事の広さを象徴する出来。
パッと見、スポンサーのワッペンが全体に貼られたブラジリアン柔術の道着のようにも。



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こちらはマツブンの工場内にあるコンピュータ制御されたマシン。
   
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製作しているのは北海道ニセコ グラン・ヒラフのスキー&スノボスクールのワッペン。
下縫いを重ねることでより立体感がでて、高級感あふれる仕上がりとなる。
このサイズのワッペンで15000針という高密度な作り込み。


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左に写る女性はマツブンの看板娘だが、残念なことに顔出し不可。
刺しゅうはマシンでも商品のパッケージングは手仕事。
後ろの棚にズラリと並ぶのは数千色の糸である。



▼ 被災地の企業支援も兼ねた国産オリジナルポロシャツの開発

さて、これまでのマツブンの実績を見てきたが
やはりこの時代、刺しゅうの世界も前途洋々とは行かないようだ。

「やっぱりブランド力の長続きするアパレル企業は多くないですからね。
 また、製品が売れたら製造拠点を海外に移してしまいますし、
 国内の受注だけでは仕事が減る一方なんです。

 昔はいろんなブランドの刺しゅうを手がけてましたが、
 当時はメーカーが“刺しゅうならマツブンだ”って直に指定をもらってたんです。
 “こうしてくれ、ああやってくれ”と細かいところまで打ち合わせを重ねて。

 でも今は三陽商会さんやソフトマシーンさんのような親しいおつきあいの企業は別として
 ほとんどが製造は丸投げ。
 だから縫製工場の下請けとしてうちが使われたりするケースが多いですね」。


その打開策の新規事業としてマツブンが立ち上げたのが、
オール国産のオリジナル刺しゅうポロシャツ事業。
刺しゅう・デザインはもちろん、縫製も福島の工場に依頼して
被災地支援も兼ねた国産ポロの開発である。

「今年の足立区ニュービジネス支援事業に応募したら無事通りまして。
 その支援のおかげで実現できることになりました。

 僕は大学卒業後に10年間のサラリーマン生活があったから、
 こういったことができるんだと思います。
 いきなり刺しゅうの世界に飛び込んだら新しい事業は始めてなかったでしょうね。
 外部から見ていて当時のマツブンがこのままはで厳しくなるな、と思えたし」。


従来の一般企業やアパレルメーカーからの受注案件だけではなく、
自社としてオリジナルの製品を立ち上げるという新たな事業。

ここから次世代の足立ブランドが生まれることを期待して止まない。


▼ 足立区に本社をかまえるメリット

メーカーでは稀な大型刺しゅう機を何台も配備しているマツブン。

創業地である荒川区から足立区に移転したのも大型機械導入のため、
つまり土地が広いからという理由だ。

「都内の刺しゅう屋さんって個人でやってるような小規模のところがメインなんです。
 うちのように大型の機械で工場も併設してるところは稀ですね」。

曲がりなりにも足立区は東京23区。
地方の刺しゅうメーカーと比べて地の利も大きいはず。

また、足立区は経営者に向けた勉強会の開催や創業資金の融資、
区が保有する空いている倉庫を格安で貸し出すなど充実した支援を行っていることも見逃せない。

そして最後になにより下町らしいメリットを松本社長が語ってくれた。

「うちの強みは社員もパートもみな家族ぐるみの付き合いをしていることです。
 お子さんの都合があったら休んでもいいし、
 逆に納期が大変なときは臨時の残業にも対応してくれる。
 工場を抱えるうちとしてはそういった素晴らしい方に来てもらえるのは大きいですね。
 交通の便はあまりよくないですが(笑)」。



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取材終了後に映画談義に花を咲かせる松本社長と我らが代表チェン・スウリー。
映画音痴の自分が付け入る隙は皆無だった。



株式会社マツブン
東京都足立区六町4-8-27
http://www.matsubun.com/
   
   
   
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
posted by ジャンク派 at 14:38 | Comment(0) | 【足立社長列伝】

2011年09月12日

【足立社長列伝】 第2回 株式会安心堂 丸山寛治社長 <前編>

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▼ そもそもパッド印刷とはなにか

「あなたたちはパッド印刷という言葉を知ってましたか?」

開口一番、丸山社長はそう訪ねた。

「いえ、不勉強にして知りませんでした」。

「不勉強と言うことはないんです。
 なぜならパッド印刷という言葉がまだ一般に認知されてないんですから」。



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証券会社からものづくりの世界に転身した丸山社長。

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事務所の壁に飾られた賞状の数々。中には東久邇宮記念会から授与されたものも。


パッド印刷を簡単に説明するなら、
印刷する部分がへこんだ凹版という版にインクを流し込み、
その版にシリコンゴム製のパッドを押し当てインクを吸着させて印刷する技術である。

インクを吸ったパッドは弾力性のあるやわらかい素材なので、
それを押し当てれば曲面だろうとデコボコした面だろうと印刷ができるのだ。


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パッド印刷なら植物にも難なく印刷できる。


“パッド印刷の伝道師”を自称して
日々パッド印刷の認知拡大に努める株式会社安心堂の丸山社長の口から
業界の現状についての説明が矢継ぎ早に飛び出す。

「パッド印刷業界は昔から少量のニーズしかないんです。
 大手企業の量産向け印刷機だと1万のロットでも50のロットでも初期投資費用が同じで、
 効率が悪くて仕事にならない。
 今までは少量印刷のニーズがあってもほとんどのところが断ってきたはず。
 業界がそのマーケットを放棄してたんです。
 『100個だけ印刷して欲しい』といった仕事は無尽蔵にあるけど、
 多くの企業が対応してない。だから私はそこに目を付けました」。


大学卒業後に10年間証券会社に勤務していた丸山社長が
マルミ産業として独立したのは昭和49年。
高度成長期を経て大量生産大量消費の時代である。

大企業が目を向けていなかった少数ロットのニーズに目を付けた事業は開始早々成功を収める。

「34歳で開業したんだけど、そのころはなんて儲かるんだろうと思うくらい業績がよくてね。
 そしたらオイルショックですよ。仕事がパッと止まって。
 これはダメだなと思って大手の下請けをやめました。
 パッド印刷のマーケットを広げるにはうちだけやってたらダメ。

 私が“パッド印刷の伝道師”を名乗っているのは、
 パッド印刷の技術を人に伝えることでこの業界を大きくしていくことが目的なんです。
 そうやって少しずつ普及していくと、やがてうちにも大きな仕事がまわってくる。
 種まきをしていかないとね。
 今は大手なんてどこも海外に生産拠点を移してる。
 でも幸せなことに生産や開発技術の部隊は国内にけっこう残ってるんです。
 そういった所が印刷の試作としてうちの“なんでもくん”を買ってくれるんです。
 他の印刷会社の何百万もする機械を買いたくないでしょうから」。


と、さらりと語ってくれたが、

個人が身を挺して企業の歯車になることが美徳とされた昭和まっただ中の時代において、
大企業が切り捨てていた少量ロットのニーズに目を付けたこと、

独立後も自分だけよければいいという考えは一切持たず
マーケットの拡大というロングスパンな視点で事業を行ってきたこと。

この2点だけでも丸山社長の経営者としてのセンスがうかがい知れる。


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中央に見える顕微鏡のようなフォルムの機械が“なんでもくん”。
その名のとおり、なんにでも印刷できることが最大の売り。
本体価格98000円(税込み価格102900円)はパッド印刷機としては最低価格。



▼ 世界的企業も飛びつく驚異の低価格パッド印刷機“なんでもくん”

安心堂が本社を構える江北3丁目は
舎人ライナーが開通しなければまさに“陸の孤島”という呼び名がふさわしい地域である。

筆者の実家はここから徒歩10分ほどの場所だが、
実家住まいの当時は安心堂の存在は知らなかった。

しかし、安心堂には日々地元のお客さんから、
ソニー、サムスン、パナソニックなど世界的企業の技術開発者が足を運んでくる。

「以前、日本最大の自動車メーカーの研究室が“なんでもくん”を買いに来ましてね。
 いろんな素材にパターンを印刷して温度や圧力かけてどう変形するのか検査したいとのことで。
 他の印刷メーカーに話を持って行ったら1000万を提示されたそうですが、うちなら98000円」。


“なんでもくん”の本体価格にスターターキットを含めると20数万円になるとのことだが、
それでも破格のプライスである。
日本最大の自動車メーカーといえども喉から手が出るほど欲しいはず。

「ところが向こうは値切ってきたんですよ。
 なんでもその会社は必ず値引きして買うのが社是になってるみたいで。
 でもうちはどこも値引きしないし、そこだけやるのは他に失礼なんで断っちゃいました。
 そしたら先方が折れまして」。


足立区の企業が世界のTO……ではなく、日本最大の自動車メーカーに勝利した瞬間。
こちらまで誇らしい気分になってくるのは小市民の性か。


▼ パッド印刷の手順

では、具体的にパッド印刷の手順を見てみたい。


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1. まず、インクジェット用フィルムに印刷したい文字、図版をプリントする。
文字がいびつなのはマウスを使ってイラストレーター上で書いたため。


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2. 文字、図版をプリントしたフィルムをパッド印刷用の版80円(税込み価格84円)に重ねて
ライトボックスにセットして紫外線を当てる。

こうすることで黒の文字以外の部分が固まる。

このライトボックスは38000円(税込み価格39900円)で販売中。
通常の100万オーバーの製版機を用いることなく版の作成が可能。


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3. 固まった版を水に漬ける。
光で固まっていない黒の文字部分は水溶性なので溶け落ちる。
   
    
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4. 再度ライトボックスに入れて負い焼きをすることでしっかりと固める。
   
   
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5. こちらが完成した版。文字部分がへこんでいるので凹版と呼ぶ。
  
  
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6. 凹版を“なんでもくん”にセットしてインクを塗ると、へこんだ文字の箇所にインクが入り込む。


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7. 凹版にシリコンゴム製のパッドを当ててインクを吸着させる。


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8. パッドを印刷したい箇所に押し当てる。
“どこでもくん”を使えば垂直の面にも印刷可能。
その下には気になるニコニコ動画のロゴも。なんでも過去に仕事の依頼で来たとか。


後編予告:これからの時代に確実に成長する市場を丸山社長が語る!
   
   
   
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
posted by ジャンク派 at 15:13 | Comment(2) | 【足立社長列伝】