2011年10月03日

【足立社長列伝】 第3回 株式会社横引シャッター 市川文胤社長 <後編>

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▼ 昭和61年から緑化事業に着手

市川社長は横引シャッター以外にも数々の会社を立ち上げ緑化事業や農園経営を行っている。

今でこそ都市における緑の重要性というものが理解されてはいるが、
社長が株式会社サンオウを立ち上げて緑化事業に乗り出したのはなんと昭和61年のことである。
当時は誰にも緑化事業という概念が理解されなくて、社長の道楽と揶揄されたこともあるとか。

「緑化に目を付けたのは車庫を建てたのがきっかけ。
 今まで庭があったところにコンクリを打って車庫を建てると緑がなくなっちゃうでしょ。
 元々そこにあった木を屋根に植えてあげたり、芝生を植えたりすると土地を有効活用できるし、
 お客さんも喜ぶでしょ。それと、芝は車庫の熱対策にもなる。

 これらは特に金儲けしようとかじゃなくて、どうやったらお客さんのためになるかを考えた結果。
 また別のお客さんには、屋根の上にじゃがいも畑、サツマイモ畑の家庭菜園を作ってあげたり」。



また、サンオウのもう1つの主力事業が壁面緑化である。

通常の壁面緑化だと建物の壁一面を緑化するのに2年も3年もかかってしまうが、
そこはアイデアマンの市川社長。
画期的なシステムを開発して、従来よりも短期間の
1年で15m(3階まで)の壁面を緑化することができた。

その技術は足立区からも厚い信頼を受け、足立区本庁舎正面の緑化を4年前から手がけたり、
小中学校の1階から3階までの緑化の実績がある。

緑化設置後3年以内に枯れてしまったら無料で植え替えを行うという保証も
市川社長ならではと言える。

横引シャッター 市川社長


▼ 高齢者の働ける場としての農業に目を向ける

社長のあふれるセンスはまだまだ尽きることがない。
“エジソン能化21”なるパッと見不思議な感じのネーミングの企業を
平成20年に設立して本格的に農業にも進出している。

「エジソンってやっぱり発明王のイメージでしょ。
 既成概念にとらわれずに瓦屋根の上に花畑作ろうと思ってるの。
 以前本社だった所が今年火事になっちゃって今はプレハブ置いてるんだけど、
 そこの屋根に幸運の四つ葉のクローバーの種を巻いて花畑にしようと。
 
 私も高齢者の仲間入りしちゃったけど、
 東京近郊でやってる畑では60過ぎてる人がたくさん働いてるんだよ。
 元々シャッター作っていた人が定年になっても畑を耕したり、野菜を作ったり、
 緑化の苗木を植えたりできるということで、意欲のある人にはどんどん働いてもらってるの」。


自社の農園では米、キャベツ、キュウリ、トマト、空豆など
年間に50品目を超える作物を作っている。

これらの作物を直接消費者に届ける“うちのいなか”というネーミングで直接販売方式を確立し、
色や形が悪くて店頭に出せないような野菜でも無駄なく食べられるシステムを生み出した。

「今は大豆を植えてるの。
 綾瀬の豆腐屋さんで、高齢になって商売を続けられなくなったお店があったから、
 機械を一式譲り受けて技術指導してもらい豆腐を作り始めたの。
 大豆が採れたら美味しい豆腐やおから、豆乳、揚げたての油揚げ、がんもどきなんかを作ろうと。

 おからだって豆腐のカスから作るんじゃなくて、おからを美味しく食べるためのおからを作る。
 一番美味しい所を食べられるようにね」。


作物だけではなく地域の機械も有効活用するという無駄のなさ。
聞けばまだ他にも同様のメソッドで手に入れた焼きたてのパンや
美味しい餃子を作る機械も持っているとのこと。

「うちの社員がそれらの機械でパンや餃子を作りたいんだったら任せてみるつもり。
 素人でいいし儲からなくていいの、何十年も働いてきた機械が可愛そうだからやる。
 そうすれば社員だって定年で辞めなくても、働きたければその間会社にいられる。

 うちの最年長社員は83歳で、落ち葉を集めて緑化の肥料としての腐葉土を作ってもらってるの。
 裏の公園の落ち葉を機械に通して、ぬかとか鶏糞とかその他を混ぜて土作りをしてるんだよ。
 軽くて栄養分いっぱいだから、それを農業でも使って」。


その他、現在では500坪ほどの果樹園も経営して柿やブルーベリー、梅や杏を栽培しているとか。
また、竹林も所持しているから特製の竹の子ご飯を社員に振る舞うなど、
本格的に飲食業に進出できそうな勢いである。


▼ 趣味の一つである、創作漢字にチャレンジ

横引シャッター本社には隣接した食堂がある。
福利厚生の一環として、ここでは自社の農園で採れた新鮮な作物を使って、
社員に喜んで食べてもらうために営んでいるという。

外部の人間も利用可能なので、お昼にはいつも行列ができている。

カレーは400円というリーズナブルプライスで、
社長いわく「大盛りなんか頼んだら食べきれないほど」とのこと。

そして気になるのがこちらの店名。
「海」と「兜」を組み合わせたオリジナルの文字を使っていて読むことができない。

えびや看板
こちらが気になる食堂の看板。これで“えびや”と読む。

ここまで読んでいただいた読者なら察しが付くと思うが、
この漢字も市川社長の考案によるものである。

「海の年寄りと書いて海老なんだよね。
 でも、エビは生まれたときから鎧兜着てるから海の兜と書いてエビと読んだ方が
 しっくりくると思うんだよね」。


市川社長のオリジナル漢字はまだまだ続く。

創作漢字 えびや
新作の創作文字“えびや”。
えびは海だけでなく川にもいると気付き、兜の下を川に変えた文字を作った。
市川社長の進化は留まるところを知らない。



創作漢字 おいしい

創作漢字 いける

「舌が旨いと感じて“いける”と読む。
 美味しいものを食べた時は“こりゃいけるね”と言うじゃない、これにあてはめる漢字がない。
 旨いとは舌がまず感じるのだからこの漢字を創ったの。
 また、心がこもった味で“うまい”と読む。2つ合わせて“おいしい”。
 “美味”では心を感じないし味気ないでしょ。作る人の魂がないとね。
 漢字だって同じものを何十年も使ってるのは時代遅れ。
 おかしいと感じたらどんどん開発したっていいじゃない」。



創作漢字 カレー

「食べ物は遊び道具ではない。昨今の流行なのか、やたらに激辛とかは良くない風潮。
 食事を粗末にしてはいけない。食事にも礼儀がある。
 だから、礼儀の“礼”の間に”辛”と書いて“カレー”と読む。
 同じく間に“米”を入れてライス。2つ合わせて“カレーライス”という漢字に成る訳。

 漢字って誰かが決めたから変えちゃいけないと思われてるけどさ、
 新しい文字でも一般的に使われるようになると常用漢字になるんだって知ってる?」。



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「これで“いっしょう”“じんせい”と読む。
 生まれて死ぬまでが、一生・人生という。
 生きると死ぬの差は紙一重。この一本が生死をわけてるんだよね。

 近年自殺者が急増しているが、この文字を見せて死ぬまで精一杯生きろと励ましたい。
 この文字は50年後に絶対常用漢字になるよ」
と社長は力説する。

屋上緑化や40年続いている年末の餅つき大会も社員の反対を押し切って継続してきた。

この創作漢字も当初はまわりの理解を得られなかったが、
漢字は道理だという思いを貫いて今まできている。

成功への近道は信念だと市川社長は語る。
実は最近の豆腐開発も2人の息子にはあまり理解されてないとか。

「最近では定職に就けない若者や結婚しない若者、
 引きこもり、イジメなどが社会問題になってるけど、
 将来に夢・希望が持てない若者は一度私に会いに来れば人生観が変わると思うよ。
 
 私も小学生の頃から登校拒否をしていて、
 字が読めない字が書けないでやってきた落ちこぼれだった」
と社長は語る。

「そんな人間が社長になれて、約100人もの社員に支えられて生きている。
 この創作漢字の意味を理解してもらうことで、
 若い人たちにはこれからの人生をチャレンジャーとして生きて欲しい」。


さらに、
「働くところがなかったり、天職が見つからないという人は是非私に会いに来るといい。
 就職できるよ」
と嬉しい言葉をいただいた。

社長の創作漢字にかける思いは並々ならぬものがある。
新しい漢字を作るなんてことは誰もが無理だと思ってしまうが、

そんな現実についても
「我々が変えられないと思ってる常識こそが、古い考え方だと思う。
 我社の禁言として『ダメ』『しょうがない』『出来ない』『無理ですよ』『解らない』がある。
 この言葉には発展性がないので、使わないようにしてチャレンジすることが原点。
 だから私は50年後にはこれが常用漢字なると信じてるわけ」
と言い切る。


縁恩運
この文字は“えん・おん・うん・であいに・かんしゃ”と読み、市川社長座右の銘である。

「日本一になるためにずっと仕事をしてきました。
 日本一と言っても成功だけじゃなく、失敗も日本一。
 また、貧乏の日本一も経験した。

 常識を打ち破って、創造することも日本一を目指してます。
 これまでやってこられたのは全て、縁恩運との出会いのお陰だと思って感謝してます。
 人との出会いはもちろん、モノとの出会いや、知識との出会い、
 失敗したことだって出会いだと思う。
 その失敗から、様々なことを気付かせてもらえた。
 これからも色々な出会いを力に変えて日本一を目指したいです」。


そして最後に、
「この記事を見ているキミとの出会いに感謝だね」と語ってくれた。


株式会社横引シャッター
東京都足立区綾瀬6-38-7
http://www.yokobiki-shutter.co.jp/
   
   
   
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
posted by ジャンク派 at 12:09 | Comment(1) | 【足立社長列伝】

2011年10月10日

【足立社長列伝】 第4回 デザインアンダーグラウンド 松崎順一氏 <前編>

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▼ 知る人ぞ知る“アンダーグラウンド”な足立区の秘境

ここは足立区南花畑。
昭和を思い起こさせるレトロな団地が並ぶ商店街の一角に怪しくたたずむ黒塗りのスペース。
ここが「家電蒐集家」「レトロフィッター」を自認する
松崎順一氏のファクトリー“デザインアンダーグラウンド”である。

デザインアンダーグラウンドとは、
1960年代〜1980年代のレトロなラジカセ・家電を蒐集して文化発信活動を行っている、
文字どおりアンダーグラウンドなプロジェクトである。

その活動内容は、家電の修理・販売・書籍の発行・ショップディスプレイ・
レトロ家電をテーマにしたイベントの開催など、
ありとあらゆるクリエイティブな方向に及んでいる。

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足立区然とした殺風景な団地。この団地の一階こそがデザインアンダーグラウンドの本拠地である。


インテリアデザイナーだった松崎氏がデザインアンダーグラウンドを立ち上げたのは2003年。
会社を辞めて何をするというあてがあるわけでもなく、
40過ぎて自分の好きなことをやらないと人生が終わってしまうという危機感からであった。

「普通に会社員をやっていると30代の後半から管理職になるんです。
 もうデザインの一線から離れて、後輩の育成が重点になる。それが非常につまらなかったんです。
 好きな家電をどういう形で何をやるか暗中模索の中で会社辞めてしまって。

 もともと私は古いものが好きだったから、
 家電に特化して他の人がやってないような家電の展開ができればなと。

 自分みたいなデザイン畑だと独立して事務所作ったりするけど、
 足立区はそういうロケーションじゃないですし。
 生まれは台東区の三ノ輪で、亀有とか足立区には子どものころからなじみがあって。

 最初は自分の好きなアンティーク家電を集めて西新井の住宅地でお店を開いたんですけど、
 それが鳴かず飛ばずで。8坪くらいの所を間借りして。
 足立区の住宅地に突然そんな店ができて、1年たっても2年たってもうんともすんとも言わなくて。

 そうこうしているうちにいろんな人と知り合って、サイトを立ち上げて
 『そういうことやってるならこういうコトできないか』と言われて、
 ショップの形態から家電を扱ってクリエイティブなことをする方向に。
 3年目くらいからですね、成果が出てきたのは。
 それまでに何百回辞めようと思ったことか。数万円の売り上げの月もありましたし」。

デザインアンダーグラウンドの立ち上げから現在にいたるまでの経緯を松崎氏は感慨深く、
そして実に楽しそうに語ってくれた。

その屋号とは裏腹に「実にバイタリティにあふれた人だな」という印象を受けた。
そういうわけで、今回の足立社長列伝は
インタビューの熱気をできるだけ忠実に感じ取ってもらいたく会話形式でお届けする。


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--どうやってこんなにたくさんのラジカセを集めてくるんですか? 
 お話しできる範囲でいいので教えてください。


松崎「僕が集めてくるのは通称“ヤード”って呼ばれてるところです。
 古い家電を積んで町中を走ってる軽トラ。あれがどこ行くのか考えたことありますか? 
 買い取ってくれる業者がいるんですね。
 いらなくなった家電を集めて粉砕して鉄の塊にして資源として再利用したり、
 あとは古いPC集めて都市鉱山じゃないですけど基板だけ抜いて中国で精錬して金だけにするとか。

 途上国では、ボルトや電圧直せば使える古いテレビや冷蔵庫のニーズがあるんです。
 意外と日本の廃家電って使えるんですよ。
 そういう業者が人里離れたような埼玉、千葉、群馬の田んぼや畑の真ん中に壁を立てて、
 その中で仕分けをしてコンテナに積んで、そこから海外のバイヤーが持って行く。

 ここ20年くらい、平成になった頃からかな、トラックで回収が始まったのがそれくらい。
 そこから古い家電の海外ニーズが高まったんです。
 主に買いに来るのは海外のバイヤー。テレビ50台とか買い付ける。
 日本でも再利用できるものは国内のリサイクルショップが買いに来る。
 地方から出てきてひとり暮らしの学生には好まれますね。

 家電を扱ってるヤードと呼ばれるところに来るのは外人とリサイクルショップの一部の人。
 僕が欲しいものは他のバイヤーが目もくれない。ライバルがほとんどいないんです」。

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--そういう場所に一般人は入れる?

松崎「誰かの紹介とかなら。直接行くと門前払いですね。
 僕は会社辞めたときに古いものの流通の仕組みを学ぶために
 リサイクルショップでバイトしてたんです。
 そこで芋づる式にいろんなルートを調べました。
 個人の方や電気屋さん、独自のルートをひとつひとつ開拓して、
 今では日本中にいくつもあります。

 でも、一番簡単なのは軽トラの後を追いかけること(笑)。
 古いものの流通を押さえて、古い家電はどこで集めるかがキーポイント。
 仕事辞めてまずは古物商の免許取って、いろんな業者さんと知り合って。
 新しい仕入れ先は常に開拓してます」。

--古いラジカセに誰も見向きもしないということは、
 松崎さんがこの活動を始める以前は捨てられてたんですか?


松崎「古いラジカセは海外でニーズがあるけど、僕は海外のバイヤーよりも高く買うんで。
 そこは市場の原理ですよね。
 ツーカーの仲になって、軽トラの業者が持ってる卸値の値段とか全部コピーさせてもらったり。
 ああいう人たちって末端の方なんで、闇から闇に葬られる。
 だから彼らとのコネクションはすごいとってますよ」。

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--これだけWebが発達した現在でも、
 そういった価格の情報はいくらググってもまったく引っかかりませんよね。


松崎「マーケットはあるけど表の世界ではない、ほんと陰の世界。
 だから一度捨てられたものは一般の人の目には触れないんですよ。
 闇から闇へ、コンテナに積まれて持って行かれる。
 草の根で探すしかないんですよ。涙ぐましいまでにいろんなところ当たって。
 飛び込みで入って聞いたり、業者から紹介してもらったりそれの連続で。

 長くやる業者は少ないし、ヤードも何年かたつと急になくなっちゃうんですよ。
 今までの仕入れ先が突然なくなっちゃったり。
 常に新しいところを開拓しないとコンスタントには集まらない。

 こういう活動って本当にアンダーグラウンドなんですよ。
 そのロケーションとしてやっぱり足立区がぴったりだなと。
 足立区の人種とか考えるとアバンギャルドなものはどんぴしゃって感じますね(笑)」。
   
   
▼ レトロな60〜80年代の家電の魅力を広く世に伝えたい

松崎「僕はもともとデザイン関係の人間なんで、メカニックな美しさが好きだったんです。
 インテリアデザインの仕事だったんですけどプロダクトデザインに憧れていて。
 今のプロダクトデザインは洗練されすぎて、どこも同じになってきた」。

--確かに、スマートフォンなんかはどれも見た目は同じですね。

松崎「僕のスローガンは“デジタルは活用、アナログは愛用せよ”なんです。
 僕もMac大好きなんで通常はMacBook抱えてるけど、音楽を聴くのはアナログ。

 僕としては足立区のイメージをすごく変えたいんですよね。
 足立区から世界の最先端に直行するような、ガラっと一新するような。
 そういうクリエイティブな仕事をしたいですね。
 今、編集者の都築響一さんともやり取りしてるんです」。
   
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--ああ、東京右半分でも紹介されてましたね。

松崎「そうですそうです。JWAVEで対談したり、たまに山谷に行ったり(笑)」。

--山谷キレイになっちゃいましたよね。

松崎「あの辺は小さい頃ホームグラウンドだったんですよ。
 三ノ輪から浅草あたりが遊び場で。昔はすごかったんですよ、ホームレスのたまり場で。
 ほんとにあしたのジョーさながらのドヤ街でした」。

--僕は今年の3月まで浅草の今戸に住んでたんですよ。
 で、10年前は千束4丁目、吉原に住んでまして。


松崎「あー、そうなんですか。あの辺は僕も好きですよ。
 下町情緒がぽつんと残ってる街はいいですね。足立区にもありますが。
 家電は下町文化と同じく残すべき日本の文化遺産だと思ってます。
 ミュージアムも近い将来に作りたい。僕が扱ってる家電は全部後世に残したい」。

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整備途中と思われるむき出しのラジカセも。

--そういった目的で伊勢丹とのイベントも継続してるんですか?

松崎「そうですね。伊勢丹とは家電の魅力について若い人に向けたアプローチをしてます。
 今年でもう3回目かな。伊勢丹は他と比べるとユニークで、
 誰もやってないことを真っ先に仕掛けるんです。

 古い家電ってリサイクルショップをイメージさせるせいか、普通の百貨店は毛嫌いする。
 僕らはそこを逆に新しく見せる。インテリアとしてこういう使い方したらもっとかっこいいと、
 新しいカルチャーを提案してる。伊勢丹のバイヤーと意気投合して今年の3月にやって、
 それが好評で5月にもやって、10月からはアート的なアプローチで見せる予定。

 東京デザインウィークのサテライト会場にもなってるんです伊勢丹は。
 僕が考えた家電にまつわるアートピースを展示、販売して、
 アーティストとして自分がデザインウィークに参加するんです。
 今後も伊勢丹の中でやってく予定です」。

--今はどうかわかりませんが、青山のポール・スミス スペースでも古いラジカセを扱ってました。

松崎「一時期ありましたね。
 ポール・スミスがラジカセとか日本のそういったものが大好きで。
 僕が好きなのは外側は古めかしいままで中をハイテクにすること。
 ビンテージのマックの中身を入れ替えて液晶の画面にしたり。
 それができれば10月12日からの伊勢丹の展示に置く予定です」。

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--NIGOが似たようなことやってますね。
 前になんかの雑誌で見ましたが、古めかしいテレビに液晶入れたり。
 あの人もすごいコレクターですし。


松崎「ああ、NIGOさんもコレクターですよね。
 ちなみに、今進めてる企画ってのがラジカセをDJマシンに変えちゃおうという、
 フランスのKITSUNEの依頼なんですよ。
 KITSUNEってファッションと音楽のレーベルも作ってますよね。
 そこでラジカセで演奏するDJマシンをいっしょに開発してて」。

--へえ、その話は向こうから来たんですか。

松崎「KITSUNEの日本人のスタッフの方から来ました。
 フランスと定期的に打ち合わせはやってますよ。
 完成したらKITSUNEのイベントで使って、東京とNYでもやろうと」。


▼ 失われてしまったレトロなデザインの復興に向けて

松崎「今年の秋からスタートして別途Webサイトも立ち上げたんですが、
 レトロフューチャーデザインというプロジェクトでは、
 古いカタログの中でかっこよくてユニークなものをピックアップして、
 京都の青幻舎という出版社から300ページくらいの本を出そうと。

 僕自身のコメントも全部加えて。だから今年はずっと古いカタログを集めてて、
 それを日夜分類してるんですよ。全国回って数万枚集めてきた。
 家電も車もバイクも60年代、70年代、80年代と。今見てもぜんぜんかっこいい。
 それを紹介していく。

 本が完成した際には青山ブックセンター全店でイベントをやることが決まってます。
 実際のカタログも並べて。プロダクトに関しては家電だけじゃなくておもしろいものを。
 好評だったら第二弾、第三弾とやっていきたい。
 今年は震災があったんでラジカセが50台くらい壊れましてね。
 それ以来、メインのラジカセは地震の対策をした千葉の倉庫に移しました」。

--家電アートプロジェクトとしてサイトでも協力者を募集してますね。

松崎「家電だけにこだわるつもりもないんです。
 古くて世の中から消えてしまったものをもう一度リスペクトしたい。いいものは人に紹介したい。
 だからアーティストやクリエイターと組んでなにか仕掛けていきたい。それが自分の仕事です。

 今は平行してジュエリーデザインもやってます。デザイナーは薬師さんという方。
 UN ROUTEというブランドのデザイナーで、新宿伊勢丹のメンズ館にも入ってる。
 家電やラジカセのデザインを応用して男性がしてもカッコイイものを」。

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空飛ぶ円盤をモチーフにしたような、まさにレトロフューチャーなデザインのカセットテープ。

--最近のシルバーアクセって、ホスト系・ビジュアル系のデザインが多いですね。

松崎「そうなんです。僕的にはもうちょっと大人でも楽しめるブランドを立ちあげたいなと。
 メカニカルでいながらスーツにも合うブローチとかカフス。
 さりげないところに昔の家電のインターフェイスのデザインを取り入れて、
 メカニカルでこだわりのあるものを作りたいですね」。


後編予告:家電だけではない、松崎氏のあふれる足立区への思いを一挙公開!
   
   
   
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
posted by ジャンク派 at 20:51 | Comment(3) | 【足立社長列伝】