2012年02月06日

【足立社長列伝】 第12回 有限会社プリント・アート 島崎勝信社長 <前編>

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▼ 世界最大の万華鏡を作る竹の塚のアート工房

有限会社プリント・アートという屋号ではあるものの、
そこはまさに島崎勝信社長の工房、島崎工房≠ニでも呼ぶのがふさわしい空間であった。

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「もとはグラフィックデザイナーだったんだけど、
 グラフィックデザインってポスターもカタログも紙の上に表現するものだから、
 いずれみんな捨てられちゃう。
 どんなにいい作品を作ろうとゴミ箱に捨てられちゃうわけさ。
 自分の作品が捨てられることの空しさをある日感じてね。
 同じアイデアを考えてモノを作るなら、立体にすればいいんだなと」。

竹の塚にあるオフィスには島崎社長のこれまでの作品が至る所に飾られ、
ギャラリー、アトリエとしての機能も有している。

我々が通されたスペースにも鮮やかな色彩の山の絵が飾られていたが、
椅子に座った状態で見るとまるで3D絵画のように飛び出して見える精緻なイラストだった。

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写真だと伝わりにくいが、裸眼でも立体に見える八ヶ岳のイラスト。

「昔は博物館とかの仕事が多くてね。
 上にあるのは八ヶ岳の麓に博物館ができたとき、
 いい写真がなかったから油絵で描いてほしいと頼まれて。
 実際にはあれを5mに延ばして展示してたの。3Dに見える? 
 それは俺のテクニックだな(笑)」。

というわけで、取材開始早々、このオフィス内にある作品をひととおり見せてもらうことに。

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「ここにあるペーパークラフトはお年寄りにやってもらいたいの。一枚の紙なんだ全部。
 切り終わった後に折ったり曲げたりして、ノリを使わずにできる。
 それを孫にあげれば『おじいちゃんおばあちゃんスゴイ!』ってなるじゃん。
 脳の運動にもなるし」。

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「あのオートバイは全部段ボールだから。
 段ボールだからこそ使い込んだシートの味が出たんだよ。
 後ろにある車は革製でちゃんと動くよ。
 うちは企業訪問とかで小学生が来るんだよ。去年も30人以上親子で来て。
 『これは段ボールでできてるんだよ。段ボールはそこら辺にあったら捨てられちゃうけど、
 形になったら魂が生まれて誰も捨てられない。形になっただけで命が生まれる。
 だから、お母さんは子供がなんか作るからお金ちょうだいって言われたら
 そこにある段ボールあげてください(笑)』って。
 これを見た子どもは『俺もなんかできるかも』って思うわけさ」。

プリント・アートのWebサイトには「万華鏡」「偏光板アート」というキーワードが並んでいる。

このオフィスには世界最大の万華鏡が置いてあり、
公共の場でのイベントなどには無料で貸し出している。(運搬費は別途)

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「万華鏡を見て『ほ〜』って言ってるときに脳が活性化してるの。
 感動とは心が動くこと。心が動くということは脳が動くわけ。
 病院の待合室に置くとお年寄りが見てくれて、それで脳が活性化されるんだよ。
 普通の万華鏡も脳にいいけど、片目で見るのは疲れるでしょ。それにお年寄りはウインクできないし。
 だから俺は両目で見れる万華鏡を作ってるのさ」。

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万華鏡を覗くとこんな感じ。この光景が眼前めいっぱいに広がる。

なるほど、確かに。
万華鏡はウインクをしてのぞき込む必要があるが、
このサイズなら両目でしかも誰でも見ることができる。
「世界最大の万華鏡」という文字の下に書かれた「HEALING SCOPE」の表記も説得力が増す。

そして、島崎社長の生み出した万華鏡はこれだけではない。

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瓶の中身に好きなものを入れて万華鏡の前に設置すれば、毎回違った景色が楽しめる。

「これは自分で中身を取り替えられる万華鏡。横のつまみを回すと動くから。
 瓶の中身は折り紙でもなんでもいいの。
 お年寄りが自分で好きなものを入れて楽しめるから、老人ホームとかに普及させたいね。
 万華鏡が脳に良いということは東京電機大学といろいろ研究して、その効果が実証されてるから」。

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なんとこれも折りたたみ式の万華鏡。その名も携帯万華鏡エスカルゴ。

「折りたたみ式の万華鏡は、ケータイを出してカメラモードにしてレンズの真ん中にあてがうだけ。
 こうすると見るもの全部が万華鏡になっちゃう。気に入ったらそこでシャッターを切ればいい。
 使わないときは折り畳みに。これは1000円で一般販売もしてる。
 2月の11・12日には北千住のザ・プライスの店頭で売る予定だから 」。

※ 2月の11・12日には足立ブランド認定企業のさまざまな製品が、ザ・プライス北千住店の店頭で大々的に販売される。


そして、プリント・アートもう一つの主力作品が偏光板アートである。

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これらの作品を偏光板を使ったビューワーを通して見ることで、飛び出したり、違う色になる。
詳しくはこちらの動画を参照


「裸眼では色がないのに偏光板を通すと色が出るってことは、
 大気の中にそれだけの色があるということ。
 光の三原色は赤青緑で、それを合わせると白になる。
 だから我々は透明の中にいるのさいつも。
 偏光板の屈折を利用して、いろんな色を波長ごとに分けると裸眼とは違った見え方になる。
 だから、博物館ではこのビューワーで見てる子だけが楽しんでるの。
 それを見るとまわりの子もみんな興味を持ってよってくるの。
 これは発明展で東京都知事賞をもらってるから。静岡大学といっしょに研究もしてる」。

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壁掛けの万華鏡も。

「万華鏡を見たときに人間の脳がどう変化するのかを東京電機大学といっしょに研究した結果、
 脳に非常にいいことがわかったの。
 緊張感をやわらげて不安を癒す心理的効果があって、
 女性はうつが改善したりすることがわかりましたよ、と。
 偏光板はうちのHPを見て静岡大学から連絡が来たんだよね。
 『大気が汚染されたらあんなにキレイな色は出なくなっちゃうよ。だから自然環境を守ろうね』
 というのが静岡大学の教え。
 うちはプリント・アートとして後援してるんだけど」。

Webを通して数多くの情報を入手でき、疑似体験もできる昨今。
この万華鏡や偏光板アートのように、目の前に来なければ体験できないアートこそ
貴重と言えるのではないか。

そしてこの研究結果を実証するようなエピソードを島崎社長は話してくれた。

「ある施設で、この万華鏡をずっと見てる車イスの子がいたんだけど、
 その子が万華鏡を見終わったときに母親の顔を見てニコって笑ったの。
 そしたらお母さんが『この子が笑うことなんてないのに!』ってすごく喜んでくれて。
 そのときはみんな万華鏡を見るために行列してたんだけど、
 そのしばらく後に見たらまたその子が列に並んでて、嬉しかったねあのときは」。


▼ 他人とは自分が持っていないものを持っている人

島崎社長は趣味でブリキ製のSLのおもちゃを集めていて、
その膨大な数のコレクションがオフィス内に展示されている。

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「俺は機関車をこれだけ集めてるけど、
 もし機関車のおもちゃをデザインしてと言われたら10個も考えたら詰まっちゃうと思う。
 人間そんなもの。

 このコレクションの中には素材を見ても木、ガラス、ブリキ、プラスチックがあったり、
 機関車がボールペンになったり、笛になったり、シャボン玉が出たり、虫かごとになってたり、
 俺はこんなにいろんなことはできない。

 みんなそれぞれ視点が違うんだな。
 それで他人とは俺にないものを持っている人≠ネんだなと気がついたの」。

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「一番大事なのは他人とはなんなのかってこと。
 他人とは自分にないものを持っている人。
 他人は関係ない人と思ってしまった瞬間に、その人から得るものはなにもなくなってしまうの。
 俺にないものを持ってる人って思うと、他人に興味が出てくる」。

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相当古い時代に作られたと思われるモデル。子どもの顔がレトロを通り越して怖い。

「古いものはタイヤまでブリキ製。その後だんだんタイヤはゴムになってくる。
 全部ブリキってのは相当古いね」。

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島崎社長はSL好きが高じてか、このオフィスの呼び鈴もSLの汽笛の音にカスタマイズしている。
我々が訪れた際も当然呼び鈴を押したがそんな音は聞こえなかった旨を話すと、

「それは聞こえなかったんじゃなくて、
 人間は呼び鈴を押すとピンポーン≠チて鳴るもんだと思ってるから。
 人間の耳って不思議なもんでさ。
 この前もTVで見たけど、ノンアルコールの酒を普通のアルコールと説明して飲ませると、
 みんな酔ってきて種明かしするとビックリする」。

と、実に納得のいく説明が返ってきた。

「人間って繰り返されるモノをじっと見てると心が癒されるんだよね。
 パチンコにはまる人は、あのボールの速度が一定だから
 それが心地良くなってきて負けても辞められない。借金してもパチンコ行く。
 リズム的なモノを感じちゃうと気持ちよくなっちゃう。
 万華鏡は同じ形がでてこないからね。常に違うものが出て脳に刺激を与える」。


後編予告:キャリア48年! デザイナー黎明期から活動する島崎社長の半生に迫る!

   
    
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
   
posted by ジャンク派 at 16:25 | Comment(0) | 【足立社長列伝】

2012年02月13日

【足立社長列伝】 第12回 有限会社プリント・アート 島崎勝信社長 <後編>

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▼ 六本木所の事務所から足立区の竹の塚へ

実に意外なことだが、島崎社長はPCを使ったグラフィック処理などの作業については
まったくの素人だという。

「俺はPCできないのさ。グラフィック的な処理とか。
 でもPC使ってできることは俺がやらなくていいと思うから。頼めばいいんだもん。
 デザイナー仲間もいるから、俺はひとりだけど、いざとなったらみんな集まれって。
 ただ、足立区にはいないけど(笑)」。

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島崎社長が竹の塚にオフィスをかまえたのは20数年前。

「出身は北海道で高校までは埼玉県の上尾。
 それから東京の日本デザインスクールを出てすぐフリーで活躍し
 30年前に有限会社を設立して足立に来たのは20年以上前かな。
 最初は竹の塚の駅直結のマンションの5階。そこが取り壊すことになって今の場所に。
 その前は六本木に8年、広尾に2年くらいかな。代々木とか神田とかも転々として。
 竹の塚に事務所をかまえて間もない頃、
 ゴルフの練習で隣の谷塚(注:谷塚は埼玉県草加市)まで行って、
 そこから事務所に電話したら通じなくて。あれ、みんなどこ行ったんだろうと。
 それで帰ったら社員に「社長、03回しましたか?」って言われて、
 なんだよ竹の塚って東京のはずれかってそのとき初めて気づいて(笑)。
 ここから六本木の仲間にこれから行くからって言うと、
 泊まりがけじゃないと無理じゃないのかって言われたり(笑)」。

「六本木にオフィスを構えてたときは、
 越谷にある化学機器のメーカーのカタログを作ってたんで六本木からしょっちゅう通ってたの。
 遠かったね。で、ちょうどそんなときに竹の塚のマンションが空いてるよと知り合いに言われて。
 その頃バブルも弾けかかってたから、家賃も六本木の三分の一。それで引っ越したの。
 居心地も良くなってね。ラーメン屋のおばちゃんとも仲良くなるし。
 ある時、自転車カゴにぶどうなんか入ってるんだよ。
 あれ、もしかしたらおばちゃんかな?と思って聞いてみたら、うんそうだよって。
 ぶどうくれたりナシくれたり、そういう下町の人間味があるよ」。

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オフィス内にはなんと塗料を吹くスペースも完備されている。「まさかここで、こんなことやってるとは思わないだろ」。


▼ 金賞は当たり前だった学生時代

プリント・アートのオフィス内には数々の作品の他、
これまでに受賞した多くの賞状が飾られている。

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「なんか知らないけど賞には縁があるな。
 小さい頃から絵は好きだったから。小学校からデザイン学校を卒業するまでトップ以外はなかった。
 でも中二のときに1回だけ銀賞だったことがある。
 そのときは、作品を返してもらったときに先生の目の前でビリッと絵を破いてね。
 そしたら先生が『島崎君なにするの!』って、『いや銀賞の作品取っていてもしょうがないから』って、
 生意気だったろ〜(笑)。だけどすぐ後悔したね。
 『先生も金賞か銀賞かすごく迷いましたけど、あなたのために銀賞にしました。
 この作品は良く描けてるけど、絵というのはシンメトリックに描いちゃうと画面が2つに割れちゃうの。
 それを教えようと思って先生は銀賞にしました』と」。

「その先生の言葉を俺は今でも忘れないわけよ。だから絵を描くときはすっごくバランスを考える。
 こっちが重くなってはいけない、軽くなってはいけない、シンメトリックになってないかなと。
 高校のときの絵の先生もいるんだけど、これも俺に衝撃を与えたね。
 半分酔っ払いみたいな先生なんだけど、写生の時間に島崎ちょっと来いって言うから行ってみたら、
 太い筆を俺にわたして『これで野グソを描いて来い』って言うんだよ。
 『お前の絵は細かくてキレイすぎるんだよ。この筆なら細かく描けないだろ。
 クソならきれいに描けないだろ』って。
 『もっと大きく捉えて描きたいものだけ描いて、ぼかすものはぼかす。
 お前の絵は虫眼鏡で見たような絵だ』と。
 俺を見込んでそう言ってくれたと思う。そのときは写生に行かず1時間くっちゃべってた。
 中高のその2人の先生は忘れないね」。

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島崎社長の過去作品。最近の作品とは異なるリアルなタッチが時代を感じさせる。


▼ 証券会社の社員からフリーのデザイナーへ

「俺は大学行きそびれちゃったんだよ。
 家も裕福じゃなかったから、仕方なく二次募集してる証券会社入って。
 そこで、『ここは俺のいるところじゃないな』といつも思ってたの。
 ヒマなときに課長の似顔絵描いてたら、それが課長にばれて。
 『島崎、お前今なにしまったんだ見せろ』って。
 見せたら『似てるなこれ』って言われて、怒られずにすんだの。
 そしたら今度、広報部から部長が来て広報誌にカット描いてくれと頼まれて。
 俺が昼飯くらいごちそうするからって。
 それから新入社員の俺が定期的に部長にごちそうになって(笑)」。

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「そんなあるとき本を読んでたらデザイナー≠チて言葉を目にしたの。
 デザイナーこそもしかしたら俺の生きる道じゃないのか、ってそのとき初めて思った。
 世間もデザイナーって言葉を知らなくて図案屋≠チて呼ばれてた時代。
 デザイナーになるにはどうすればいいのか調べてたら、デザイン学校というものがあると知って。
 当時有名だったのが桑沢デザイン研究所≠ニ日本デザイナースクール=B
 桑沢は研究所だから、デザイナースクールの方がいいかなと思って1年で会社を辞め入学した。
 そこで1年のときに進級展というのがあるんだけど、そこで金賞取れるのは200人の中で1人だけ。
 結果を見に行ったら、俺の作品に金賞がぶら下がってるの。
 最初は金賞って何人もいるのかなって思って、あちこちくまなく見たら俺1人しかいなかったわけよ。
 そのときは本当にほっぺつねったね。だって、埼玉県の上尾なんて田舎なわけよ。
 それが東京のシャレた連中のその中で俺が一番なんて。
 2年は卒業展があるんだけど、俺は金賞以外取れないと思った。
 それで作品見に行くときに、先に見てきた同級生とすれ違ったときに『おお島崎、また金賞だ』って。
 そのときは『あ、そう』ぐらいで感激はなかったね。やっぱり金賞だと思って」。

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毎年の年賀状にも妥協を許さない島崎社長。
「寅年はリアルに描きすぎて、誰もイラストだと思わなかったみたい」。


「だけど世の中に出て、こんな金賞クソの役にも立たねえってことがわかるわけさ。
 あのころは就職先もなく、かろうじて募集してるところ行くと
 面接で『今までやったカタログとかポスターとか印刷物ないの?』って言われて。
 いや、デザイン学校出たばっかりですからまだありませんって答えると、
 『夜間なのかお前、よくそんな蛍光灯の光でデザインできるな』とバカにするの。
 お前のところの会社地下じゃねえか、と思ったけどね(笑)。
 あのころはデザイナーの下処理をする版下屋さんって仕事があって、
 それが屋根裏部屋のようなところでやっててさ。
 もっとデザイナーってかっこいいはずなのになんて世界なんだ、って思ったよ。
 それで就職はあきらめた。そしたら知り合いの先輩から自動車関連の出版社を紹介されて。
 そこで知り合った印刷屋の人から、仕事をあげるからやりなよって言われて、すぐ独立。
 だから、デザイナーとして会社に勤めた経験がないのさ」。


▼ 新聞や雑誌で大きな反響を得たSLのポスター

「それ以来ずっとフリー。
 日刊工業新聞の人がやってるデザイン事務所に友達がいるから行って売り込みして作品見せたら、
 『お前いい腕してるな〜』って言われて。今度から俺の仕事やってくれってなって。
 広告の営業マンで、その人が仕事を取ってきたデザインを俺がやって。
 独立当初は印刷屋さんのデザイン、カタログとかポスターとかが多かったね。
 そこから、世に出るにはどうすればいいかって考えたときに、
 当時ポスターブームだったから、この機関車を描いたの。26歳のとき」。

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今から40年以上前に島崎社長が手がけた傑作ポスター。
CGに慣れた今の目で見ると、すべてが手描きということに驚く。


「その紙はホントは真っ白だったの。でもタバコのヤニでそうなっちゃった(笑)。
 レトロな感じでいいけど。これをさ、当時売り出したんだよ。
 そしたら売れて、平凡パンチにも『機関車マニアにはよだれの垂れそうなポスターが出た』とか、
 テレビ番組の11PMにも紹介されたり。
 ポスターの売上ランクでも1位になって産経新聞に載ったんだよ」。

実に残念なことだが原画は火事で焼失してしまい、現存するのはこちら1枚だけである。
このまま埋もれさせるには惜しい作品なので、ぜひ復刻のご検討を。
できれば40年後の復刻ということで、このヤニによる変色そのままで。


▼ 地域に開かれたスペースを目指して

数々の作品を手がけてきた島崎社長。影響を受けたイラストレーターはいないのだろうか。

「モーターファンっていう雑誌があって、そこに1人憧れてるデザイナーがいてね。
 俺はモーターファンの編集部もよく出入りしてたんだけど、
 ある日、秋葉原の喫茶店入ったらそのデザイナーが健康食品のセールスやってるのを見てさ。
 あの、俺の憧れたデザイナーがなんでこんなことやってるんだって。
 で、秋葉原にいるクライアントの社長に
 『今すごくやな思いしてるんですよ、俺の憧れたデザイナーがセールスやってたんです。
 俺の行く末を見たのかなと思って』って話したら、そんなことないよって言ってくれたけど。
 デザイン学校で100人いたクラスが、卒業したときには25人。
 そこからデザインの仕事についたのが10人。一握りの一握り。
 その中で20年経って続けてるのは俺しかいなかった。
 去年かな、学校からメールが来て。
 『島崎勝信さんという同姓同名の当校の卒業生がいらっしゃいますが、ご本人様でしょうか』って。
 なんのことかなって思って電話したら
 『今、卒業生がどうしてるのか調べてるんです。
 とりあえず検索して名前で出てきた人を調べてるんです』ってね。
 俺は11期生なんだけど、その他に見つかった人は6期生で1人だけみたい。
 ずいぶんご活躍ですねって言われて。そのくらい少ないのさ」。

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最近では歯科医の内装やパンフレットも手がけてます。

ここまで話を聞いてきて、ここに置かれた数々の作品をもっと対外的にPRできないのかと考えた。

「今、少し考えてるんだよ。週に何日か公開日を作ったりしようかなと。
 以前、近くのタバコ屋のおばちゃんに『おたくは何やってる会社なの?』って言われたから、
 1度見に来てもらって。
 ちょっと上がって見てもらったら『あたし1人で見るのはもったいない!』って言って、
 何日か後に7、8人の友達連れて来てくれて。
 これまでは小学生向けの職場体験も3回くらいやったかな」。

そして、つい先日決まった話だが、足立区の健康づくり課が認定する区内癒しスポットとして
プリント・アートが紹介されることになったという。

竹の塚の新名所としてプリント・アートが広く認知される日もそう遠くないのかもしれない。


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ショッカーのトレードマークにも見えるこちらのカバンは、なんと島崎社長の手によるハンドメイド。
若き日の社長はこのカバンに自分の作品を詰め込んで都内を闊歩していたという。
「これに売値を付けるとしたらいくらですか?」と聞いてみたら「50万だな」という返答が。



有限会社プリント・アート
東京都足立区西竹ノ塚2-15-21-2F
http://www.print-art.co.jp/index.html

   
    
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
   
posted by ジャンク派 at 20:47 | Comment(0) | 【足立社長列伝】