2011年08月29日

【足立社長列伝】 第1回 株式会社マツブン 松本照人社長 <前編>

足立社長列伝.JPG
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東京都足立区。
区外の人からは「生活保護受給世帯の多さ」や「都内犯罪認知件数ワースト1の記録」など、
なにかと芳しくないイメージで認知されることの多い23区最北の街。

事実、大学卒業までの人生を足立区で過ごした私自身も
ノーカルチャーでノーフューチャーな街だと思っていた。
10年前までは。

この慣れ親しんだ街も少し視線を変えれば、下町らしい地場産業、
それも世界に発信できる技術・ものづくりの地であるということに気づく。

「舎人ライナー」と「つくばエクスプレス」の開通による交通インフラの整備、
「足立区文化・産業・芸術新都心構想」による千住地区の再開発など、
かつてない大きな転換期を迎える足立区。

そんな時代において、激動の荒波を乗りこなすこの街の社長の素顔に迫る。



第1回 株式会社マツブン 松本照人社長
  
   
▼ 都内有数の規模を持つ刺しゅうメーカーが居を構える町

東京都足立区六町(「ろくちょう」と読む)。
この地名でだいたいの場所の察しが付く人間はどれほどいるだろうか。
足立区の東部、綾瀬川からもほど近いこの地は
2005年のつくばエクスプレス開通まで長らく徒歩でアクセスできる最寄り駅が存在しなかった。

株式会社マツブンは、つくばエクスプレスの六町駅から徒歩5分ほどの
総合刺しゅうメーカーである。

六町駅.JPG
六町駅前のロータリー。平日の午後だったため人足はまばら。

保存樹林.JPG
   
駅からの道のり.JPG
駅からの道のりには区指定の並木道があり、よく晴れた日には実に気持ちのいい空間。


1939年に荒川区で創業されたマツブン。
旧西ドイツ製の大型刺しゅう機の導入を機に足立区に本社を移転したのが1966年。

それ以来、この地で「一針入魂」をモットーに
高い技術力に裏打ちされた刺しゅう作品を生み出し続けている。

今回お話を伺ったのは外資系企業のサラリーマンから刺しゅうの世界に転身して、
2009年に就任した3代目の松本照人社長。

「創業者の祖父は当時東京に3人しかいない手刺しゅうの職人として事業を興しました。
 父の代になってからはラコステ、マクレガー、ゴールデンベアなどの量産型アパレルがメイン。
 現在は一般企業向けの刺しゅう入りポロシャツやワッペン、
 その他アパレルメーカーのウェアやグッズ刺しゅうなどが主力事業となっています」。


松本照人社長.JPG
日焼けした肌に鮮やかなレッドのポロシャツを着こなす松本照人社長。

マツブンが手がけるのは三陽商会のバーバリーやラブレス、セシルマクビー、ナンバーナイン、
ケイタマルヤマなど、名だたるブランドの刺しゅうである。

特に三陽商会とは長い付き合いで、バーバリーの刺しゅう指定工場として
ポロシャツをはじめ多くの作品を世に送り出している。

その他、ミシュラン、マイクロソフト、メルセデスベンツなど
グローバル企業の刺しゅうも引き受けるまさに下町の小さな巨人である。

これだから足立区は侮れない。
そんな誇らしい経歴を持つマツブンの実際の作品を見せてもらった。
   
   
▼ 「一針入魂」を体現する作品

マツブンの創立70周年を記念して作成したのが、
タトゥーカルチャーをベースにしたアパレルブランド「ソフトマシーン」とのコラボワッペン。

アメリカンカルチャーの象徴であるパンサーに日本の伝統的な刺青を施した
まさに和洋折衷の作品である。

「このパンサーに刻まれた“波”と“雲”の柄は、
 額といって刺青の入り口にする始まりの絵なんです。
 日本の刺青はグラデーションなど海外のタトゥーにはない魅力があり
 外国人にはウケがいいんですよ。
 額縁に入れて海外向けのお土産として展開したいですね。
 いくつか美術館のギャラリーショップに営業をかけましたが、
 担当者が女の子だったせいか断られてしまいまして(笑)」。


パンサーという攻撃的なモチーフは万国共通で野郎が狂喜するデザインのはず。
そのオリエンタルな作風は国際的に展開する余地がありそうだ。

パンサー額.JPG
左が雲、右が波の刺青を施したパンサー(素人撮影なので見づらいのはご容赦を)。
額に入れて対面で飾るとよりいっそう迫力が増す。


パンサー.jpg
こちらが原画と刺しゅうワッペン。
胴体にあしらわれた雲の刺青を立体感のある刺しゅうで表現。
目つき、毛並みも忠実に再現している。


次に見せてもらったのが、
東日本大震災の復興チャリティポロ(http://a-friends.jp/polo.html)である。

松本社長がリーダーを務める「足立研究会」(ストレートすぎるネーミング!)は
区の経営者をメインに結成された団体であり、その中の有志で震災直後にアクションを起こした。

「震災後に皆で集まってなにかやろうと。
 義援金を送るのもいいけど、ものを作って販売することで利益を得て被災地をサポートしよう
 ということになりまして。個々で何ができるか話し合って、
 その中の1人がハートでできたフェニックスのデザイン画を作ってきてくれたんですよ。
 そこから意見を出し合って47個のハートが連なったフェニックスにしようと。
 カラーは日の丸と同じジャパンレッドにして、
 かつ47個すべてのハートを1本の糸で表現しました」。


今では足立区の広報課の賛同も得られ、当初中国製だったポロシャツのボディも
福島のメーカー製のものを使うようになり完全に国産にシフトすることになった。

このプロジェクトから
「A-friends(http://a-friends.jp/polo.html)」という団体を立ち上げることになり、
今では定期的に会合を開きポロシャツを広くPRするべく活動している。

「近藤やよい区長にも気に入ってもらえたようで2枚お買い上げいただきました。
 単純にこのフェニックスのデザインに惹かれて買ってくれる人が多いのがうれしいですね。
 サイズも豊富に展開していますし、
 ウーマンサイズはフレンチスリーブで前立てを逆にするなどこだわりました」。


チャリティポロ.JPG
復興支援チャリティポロシャツは2500円。胸のフェニックスで小文字の「f」を表すなど、ディテールにもこだわった作品。


後編予告:瀬戸朝香も来社して、明石家さんまも絶賛したマツブンの実力とは……?
   
   
   
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
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posted by ジャンク派 at 20:25 | Comment(1) | 【足立社長列伝】
この記事へのコメント
   
読み応えのある骨太の連載がスタートしましたねー!
足立区のものづくりや、ユニークな社長さんたちがこれからも
どんどん登場していきますので、乞うご期待!!
   
Posted by ジャンク派 at 2011年08月29日 21:27
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