2011年10月17日

【足立社長列伝】 第4回 デザインアンダーグラウンド 松崎順一氏 <後編>

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▼ 75年〜85年の10年間こそがラジカセのゴールデンエイジ

--そう言えば、この連載の第一回目に登場していただいたマツブンの松本社長
 と面識があると聞きましたが。


松崎「松本さんとは足立区が主催してる経営支援のセミナーで何回もご一緒しました。
 北千住の飲み屋でも偶然お会いして『あれー、松本さんじゃないですか』と。
 デザインアンダーグラウンドを立ち上げたときからたびたびお会いしてて。
 そろそろおもしろいことをご一緒したいですね」。


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松崎氏の名刺ケースはカセットテープを模した斬新なデザイン。


--いいですね、足立社長列伝を介して新しいコラボが生まれるとか。

松崎「今は丸若屋さんという、
 日本の伝統工芸を世界に発信させる活動をしてる方と組んで、
 来年の浅草三社祭に向けてラジカセのお祭りマシンを作ろうかなと。

 ラジカセをいろいろな形で組んでそれを制御するマシンを作って、
 山車とかお囃子とかそれ一台で再現できるような。
 意表を突くようなものをやりたくて。
 ちなみに丸若屋さんは以前、足立区青井の職人さんと組んでiPhoneカバー作ってましたね。

 来年の春には外苑の東京芸術学舎という、千寿博さんが学長をしていて
 京都造形芸術大学と東北芸術工科大学がプロデュースした学校なんですが、
 そこのゲスト講師としてアナログの可能性について講義をやります。
 これからのアナログはどう使っていくのか。
 当時の家電のバックグラウンドとかを知っていただければ」。


--ここにあるラジカセはだいたい80年代までのものが多いですよね。

松崎「僕がいいなと思うラジカセのデザインは80年代までなんですよね。
 それ以降も家電でいえばもっとイイのあるんですが、
 自分のツボにはまるのは75年〜85年の10年間。
 ここをラジカセのゴールデンエイジと呼んでるんですが最高ですね(笑)」。


--この頃のラジカセってどれも角張ってます。

松崎「まだCGもCADもない時代で、図面で縦と横の直線しか描けないんです。これがたまらない。
 今までずっと蒐集してきましたが、まだまだ自分が知らないものもいっぱいある。
 蒐集に関しては一生やりつつ、いろんなところで紹介しつつ、プロダクトのよさを伝えていく。
 それが今のメインの活動。これだけやっても一部の人にしか伝わってない。
 TV、ラジオで訴えて、北海道から九州までイベントやってますがまだまだ。
 
 もっと大きくいえば世界ですね。
 日本人よりも外国人の方がこういった世界に惹かれる人は多いんです」。


--僕は77年生まれで、子どものころから80年代のラジカセを見てきたんです。
 僕の好きな80年代のニューウェーブもそうですが、
 ここ10年くらいのリバイバルで80年代文化もある程度定着してきたと思います。


松崎「今もう一つやってるのがアパレル、ファッション雑誌とのジョイントです。
 この前はHUGEとやって、来月はカーサブルータスでラジカセの使い方特集。
 Hanakoとはずいぶんやりましたね。ヤンジャンとはAKBの撮影で。

 それと、プロのミュージシャン仕様のラジカセも作ってるんです。
 アーティストがプライベートで使う改造したデザインのもの。
 iPodで使えるようにカスタマイズしたり」。


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大人の科学マガジンに掲載されたページ。

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こちらがヤングジャンプでのAKBグラビア。



▼ ラジカセの中身を完璧に理解してこそ今の活動がある

--そういった改造や修理の知識はどこで学ばれたんですか?

松崎「独学ですよ。家電に関しては自分で整備したり、中開けたりして場数踏んでるだけ。
 小学生から秋葉通ってましたから。今は忙しくなっちゃったんで、
 整備は赤坂に工房を作ってそこに任せて。
 
 海外メーカーは何十年も前の部品を取っておくけど、日本のメーカーには古い部品がないんです。
 壊れたら新しいものを買ってください、だから古い家電を使う土壌がない。
 『使い勝手がいいのになんで直してくれないの』というニーズが多いから、そこを請け負いたい。
 どんな家電でもまずは送ってください。おかげさまですごく好評をいただいてます」。


--プロダクトとして、製品としてラジカセを使えるようにする。
 実用面のサポートを完璧にした上で、ラジカセの文化としての魅力を発信している。
 松崎さんは両方押さえてますね。


松崎「カルチャーとしてやっていくにはバックボーンを押さえておかないと、
 薄っぺらいものになりますから。
 誰よりもラジカセを蒐集してるし、資料も世界一集めてます。死ぬほど集めました。

 そうするうちに修理を頼まれたのが、今に活きてる。
 ラジカセの内部を熟知してるんで応用が効く。

 もっと遡れば20年間勤めたデザイナーとしての知識も活きてます。
 エルメスのディスプレイを担当したときは、
 70年代のテレビを集めたクリスマスツリーを作りました。
 そこでコレクションを流して。

 そういった仕事には家電の知識、集める知識、レイアウトの知識、メンテナンスの知識が必要。
 僕はなんでも対応できる。『こういうショップで、ここにこういうイメージで置きたい』
 と依頼されれば、自分がそれに見合うものを集めて整備して点検して納めて。

 普通はどれかできないんですよ。
 完成のイメージはあってもどこで集めてくればいいのか、集めたけど壊れてて使えないとか」。
   
   
--おそらく日本全国探せば、古い家電を修理できる人はある程度いるでしょうね。
 でも、トータルでできる人は松崎さんひとりと。


松崎「全国各地に技術のある方はいっぱいいます。
 今後は、そこを繋げて修理に関しては全国にネットワークを作りたいんです。
 世界中からアンティーク家電の修理を受け付けたい。

 儲けたいためではなく、そこに困ってるニーズがあるからこそ。
 古いものを長く使い続ける文化を根づかせ、後世に受け継いで貰いたい。
 文化保護活動みたいな。

 自分が集めないと、海外行ったり壊されちゃいますからね。
 僕以外にやる人がいない。すべてはそこなんです。
 資金も必要なんで整備したものを販売して、
 それで地方の仕入れに行ってるんで一向に儲かりませんが(笑)」。


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--後継者を作る予定はありますか?

松崎「これからいろんな形でやろうと思ってます。
 イベント、講演活動が増えれば手伝ってもらう。
 今、それがギリギリまで来てるんで、
 そのためにアートプロジェクトで興味がある方を募集してるんです。

 僕がひとこと言うだけで汲み取ってくれる人が欲しい。
 薬師さんも丸若さんも30代。だいたい20代後半〜30代の人たちが、
 ギリギリこういう世界を理解してくれる人なんです。

 50代の僕では気づかない斬新な考え方を持ってる。
 40代になると自分と感覚が近いんですよ。
 若い人が新しい価値観で自分の築いたものをどう展開していくのか、そこに興味がある。

 とにかく楽しくないとダメなんです。僕自身が楽しめて携わる人も楽しめる。
 足立区にそういう人がいればいいんですけどね」。



▼ 足立区には足立区だけの目指す先がある

--松崎さんは自分の知る限り、間違いなく足立区一コアなことをやっている人です。

松崎「コアなんだかどうかわからないけどね。やりたいことはいっぱいある。
 着実に進んでるんで。いろんな人が共感してやってもらってる。
 今年はいろんな人と会ってその輪を広げてます」。


--近所で松崎さんの活動を知ってる人はいるんですか?

松崎「ほとんどいないですね。商店街の人からはラジカセ屋と呼ばれてるし(笑)」。


--リサイクルショップなんかに安価で売ってるラジカセと同列で、
 単に古い機械という認識ですよね。


松崎「そう、昔のアレだよねくらいで。それ以外の何物でもない。
 たまに集めてきたラジカセを玄関に忘れて置きっぱなしにしちゃうと、
 次の日新しいのが増えてる(笑)」。


--ああ、捨て場と勘違いしたと。それも足立区ならではのエピソードですね。

松崎「モノは情熱を持って集めると増えてくるんです。
 協力してくれる人も増えて、声かけてくれて。『こういうものがあるけどいりますか』とか
 『近所にこういうラジカセ捨ててありました』とか、全国からメールで」。


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今となってはお目にかかれない、トヨタ系列のアイシン精機のラジカセ。


--例えば、区と連携して地元で
 デザインアンダーグラウンドの活動をPRしていくという思いはないんですか?


松崎「わかってもらえるんでしょうかね……。
 区としては中小企業の育成を推進してるけど、文化的な面は伝わりにくい。
 センスの問題でしょうか」。


--確かに。足立区は文化的な面よりも、純粋に産業をバックアップしたいという。

松崎「そうです、そうです。産業としてですね。
 そう考えると足立区ってのはクリエイティブな面が欠如した街なんですよ。23区一。
 その代わりダサいものもいっぱいある。
 そのダサさが他にはないユニークなところで、僕はそこが好きなんです。

 ただカッコイイだけのものは興味がない。
 渋谷や青山に打ち合わせで行きますけど、
 そこにあるデザイナーが作ったカッコイイものってピンときませんから」。


--スキがあったり突っ込みどころがあったりした方がおもしろいと。

松崎「『ここのコレとか、ほんとイイところに目付けたよな〜』って思うような、
 自分のツボにはまったものが大好きなんです。
 純粋にカッコイイものって世界的に見ても同じように見える。

 それよりはアート的なアプローチで独自性を打ち出したい。
 いろんな街のおもしろい人と組んで、発表する場は海外とか。

 伊勢丹の会場の両脇はライカとラルフローレンなんです。
 その間でデザインアンダーグラウンドが展示をしても違和感がない。
 お客さんも皆『さすが伊勢丹』って思ってくれる。
 これを仕掛けた伊勢丹のバイヤーも、僕の展示は社内外の評価が高いと言ってくれてます。
 こんなこと伊勢丹じゃなければできないですから」。


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東京新聞でのインタビュー記事。「さようなら アナログテレビ」の見出しが泣ける。


--さっきのエルメスの話とか、ルイ・ヴィトンとかのブランドも、
 伝統的な価値のあるものだけじゃなくて、こういうB級なものを愛でるセンスがありますね。
 コントラストが際立ってる。


松崎「そっちの方がカッコイイですよ。意外性がさすがと思わせる。コントラストですよね。
 これとこれの組み合わせっていいじゃん。僕もマッチングで意外性を打ち出したい」。


--伊勢丹のイベントに来た人は、
 デザインアンダーグラウンドが足立区にあるということを知ってるんですか?


松崎「知ってるはずですよ。
 アトリエが足立区にあることをアピールしても、あまりリアクションないですが(笑)。
 B級のイメージと最先端がくっつくとカッコイイ。それがわかる人に見てもらいたい。
 でも、そんな人は足立区にあまりいないんですよ(笑)」。


--足立区には見えない壁がありますね。荒川区とは川2本隔てただけなんですけど、
 明らかに街の空気が違う(笑)。


松崎「違う文化がある。23区でもない埼玉でもない、なにかが存在する。
 なにかというのはわかりませんがそこに引かれれます。
 僕は足立区好きなんでいろいろリスペクトしたい」。


--僕も10年前は住みたくないという気持ちで足立区から出て行った。
 でも10年たって戻ってきて、足立区ならではの「埼玉でもない23区でもない」
 この独自の雰囲気をもっと対外的にPRしたいというのがあって。
 この連載を通じて、マイナスイメージの足立区にもこういう社長、経営者がいるんだよと
 微力ながら発信したいんです。


松崎「マツブンの松本さんもすごくユニークだしね。
 ああいう方がいれば足立区も盛り上がると思う。
 でも、足立区はかっこよすぎる方向に走るとダメだと思う」。


--渋谷区とか目黒区を目指しちゃダメなんですよね。
 かといって、墨田区や台東区なんかのわかりやすい下町のイメージとも違う。
 足立区には足立区の目指すところがある。


松崎「そうそうそうそう、足立区の目指すベクトルはぜんぜん違うところにあるの(笑)。
 山の手を目指しちゃいけない。山の手のかっこよさじゃなくて独自の文化を構築するべき。
 どういう形になるかわからないけど。足立区らしさをカルチャーとして構築できたときに、
 すごくオリジナリティのあるものができると思う」。


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取材中、突然やって来た近所の女の子。手にしているのはカピバラのぬいぐるみ。
「今日は休みなの」とのこと。


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女の子が持っていたカピバラのぬいぐるみ。松崎氏いわく「このゆるい感じが足立区っぽいね」。
   
  
DESIGN UNDERGROUND
東京都足立区南花畑5-15-14-105
http://www.dug-factory.com
   
   
   
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
   
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posted by ジャンク派 at 21:49 | Comment(1) | 【足立社長列伝】
この記事へのコメント
松崎さ〜ん!!

ご無沙汰してます。以前は偶然再会できて嬉しかったです!!
久しぶりに、このサイトを見ていたらナント松崎さんじゃないですか!?

僕の事にまで触れていてくれたとは・・・(笑)。

松崎さんのご活躍をいつも拝見してます。

僕も頑張りま〜す。

Posted by 松本照人 at 2012年01月19日 19:40
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