2011年11月07日

【足立社長列伝】 第6回 有限会社ライフスタイル 渡義浩社長 <前編>

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▼ 1年中夏のビーチが保木間にあると聞いて

陸の孤島と呼ばれて久しい足立区に
通称"ホキマビーチ(足立区の地名である保木間に由来)なる、
夏をテーマにしたショップがあると聞いて早速伺った。

ホキマビーチことMade In Summerは国道4号線からもほど近い都道256号線沿い。

車を走らせれば5分で埼玉県、
近隣には大型のディスカウントスーパーが点在する郊外チックな土地である。


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殺風景な足立区においてひときわ目立つショップの外観。


オーナーである渡義浩社長は広島県出身で大学入学を期に上京。
Made In Summerは夏をテーマにした雑貨、アパレルを扱う地元の名物店。
足立区の保木間地区がメディアに取り上げられる際はかなりの確率で紹介されている。


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足立区のジョージ・クルーニーこと渡義浩社長。海とサーフィンをこよなく愛する。


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取材時はハロウィン仕様だった店内。


店内を見渡すと至る所に夏を思わせるアメリカンなグッズやウェアが所狭しと並んでいる。

店舗の奥には事務所を構え、
そこでステッカー、Tシャツ、缶バッジ、ポスターなどの製造も行っている。

そして、コカコーラ社とライセンス契約を結び、
オリジナルグッズの製造・企画・販売を全国の問屋、ショップに対して行っている。
いわば、町工場兼メーカー兼小売店と言えよう。


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「夏」「アメリカ」を感じさせるショップ全体のテイスト。


「独立前はNFLとかMLBとかのグッズを並行輸入してた東保木間の商社に勤めてました。
 ちょうど日本でも90年代前半、アメリカの4大スポーツ
(=NFL「アメリカンフットボール」・MLB「野球」・NBA「バスケットボール」・NHL「アイスホッケー」)
 が流行った時期で。まあ、半年くらい働いて自分でやった方が早いなと思って、
 3年半くらいで独立したんです。28で独立して今年で15年目なんですよ」。

聞けば、渡社長は会社員だった90年代前半には古着のバイヤーをやっていたという。
90年代前半と言えば足立区にもプチ古着ブームの波が押し寄せ、
西新井や花畑などにも数店の古着屋が存在し、当時高校生だった筆者はよく愛用していたものだった。

4大スポーツブームが過ぎて会社として何をやろうか迷っていたら、
 どうやら世間では雑貨や古着がいいらしいと。そして始めた古着屋が当たっちゃって。

 アメリカには古着の倉庫があるんですよ。要は古着ってそもそもの定義が廃品回収ですよね。
 あそこの一家がなくなられた、じゃあいらない物をただで引き取りますよといって集めてくる。
 そんな古着がたまたま日本でブームになって。エアジョーダンエアマックスの時代ですよね。

 倉庫では布団袋のでっかいようなやつに古着がたくさん入ってて。
 中身見て『これはいる、これいらない』って朝から晩まで仕分けして泥だらけになって。

 けっこう危ないところも行ってましたよ。ロスの危ないところに行けば他のバイヤーが来ない。
 サウスセントラルとかヤバかったですね。黒人6人くらいに囲まれたこともありますし(笑)」。

社会現象にもなったナイキのエアマックス。
同じナイキのエアジョーダンもスラムダンクのブームとリンクして、爆発的なヒットとなった。

当時は消費者としてそれらのブームに乗っていた自分が、
ブームを仕掛ける側の人間(しかも同じ足立区在住!)に
十数年の時を経て話が聞けるとは思いもよらなかった。


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ハワイアンなグッズも展開中。

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懐かしい手で取り出すタイプの自販機。取引先から安く譲ってもらったというレアな1台。


▼ アメリカに熱狂した90年代という時代

ここ数年、リバイバルとも言えるブームを引き起こしている
アメリカのキャップブランドNEWERA
日本における第一次ブームは90年代前半である。

「その頃はメジャーリーグ人気で、ちょうど野茂がドジャースにいた頃ですね。
 野茂が契約した年なんて『NEWERAのドジャースの帽子入りましたよ』って言うと
 あっという間に1000個くらいの受注があって。NEWERAはなかなか手に入らなかったんですよね。

 会社でも取り合いでしたから。どんなに注文しても間に合わない。
 ワールドスポ−ツプラザでも数が足りなくて、
 自分らみたいな平行輸入の商社から買ったりしてましたし。
 当時のNEWERAのキャップを高3の娘にあげるとすごい喜ぶんですよ」。

ブームまっただ中にいた渡社長の話は続く。

「当時はリーバイスの501レギュラー だって10ドル以下だったけど、
 今は安くて30ドル前後。90年代前半の古着ブームはナイキリーバイスが牽引してましたからね。
 赤耳とかビッグEとか。ロス行くってまわりに言うと
『エアマックス買ってきてくれ』とか言われたり、

 レッドウイングだって向こうで買うと100ドルくらいだからカートで持って帰ってきたり。
 まあ、僕はレッドウイングじゃなくてダナー派ですけど(笑)。
 実を言っちゃうとナイキも履かなくてアディダス派なんですよ。
 今日はたまたまニューバランスですけど」。


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たまたまニューバランスだった渡社長の足元。ごちそうになった瓶のコーラは格別の味。

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ミニサイズのスケートボードから、ちょっと不気味なカエルのぬいぐるみまで。

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ズラリと並んだ足立TシャツはMade In Summerの一押し商品。夏、アメリカ、足立区という黄金のトライアングル。

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足立区の全地名をコンプリートした最強ステッカー

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走り屋御用達(ウソ)の道路標識を模したステッカーも。

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足立区と隣接する草加と八潮のステッカーも作成。渡社長の隣人愛の成せる技。


90年代前半と言えば、古着にデニムにスニーカーに、
アメリカンなファッションが大いに受け入れられた時代であった。

そしてもう一つ忘れてはならないアメリカからやって来たブームがフィギュアブームである。

「僕は96年の11月に独立したんだだけど、
 独立して最初の仕事が働いてた輸入商社を引き継いだ卸の仕事なんです。
 アメリカまで買い付けに行って問屋や小売店に卸す。
 
 ちょうどフィギュアブームの時代でスポーン、スターウォーズ、スパイダーマンが
 めちゃくちゃ流行ったとき。引っ張っただけ売れた時代でしたからね。
 ほんとラッキーでした(笑)」。

当時はフィギュアと言えばブリスターパックで包装されていて、
開封しないでそのままの形で部屋に飾るのがオシャレ、とされていた時代。

まだ秋葉カルチャーが市民権を得る前だったので、
フィギュアのモデルになっていたのはアメコミやハリウッド映画のキャラクターがメインだった。

4大スポーツブーム古着ブームフィギュアブームの波を上手く乗りこなし、
独立後も上々な滑り出しを見せたかのように見える渡社長。

だが、独立までの道のりはなかなかに険しいものだった。


後編予告:独立前の苦労話&ファン殺到の足立グッズ誕生秘話を公開!
       
      
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
   
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posted by ジャンク派 at 15:07 | Comment(0) | 【足立社長列伝】
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