2011年11月14日

【足立社長列伝】 第6回 有限会社ライフスタイル 渡義浩社長 <後編>

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▼ 自己資金2万円、奥さんとスタッフに支えられての独立

「そもそも僕は大仁田厚以下の資本で旗揚げしてるんですよ。彼は5万円で、僕は2万円。
 お金がないわけですよ、本気で。

 銀行に会社の通帳を作りに行ったら受付の方に『いくら最初入れますか?』って言われて、
 財布の中の全財産がそれだった訳です(笑)。もちろん貯金なんてありませんから。

 そこで、僕を信用してくれる同業の知り合いに
 『お願いだから、お客さんから回収した後にちゃんと支払いするから先に商品を置かせてください』
 と頭を下げてまわって。

 幸いなことに前職からのお客さんがいてくれたんで、
 手当たり次第になんでもかんでも『こんなのありますけど』って売り込みかけて。

 そうやって少しづつお金を貯めてアメリカ行って。
 フィギュアブームだったからいろいろとおいしいものが転がってるんです。
 それを100%償却して、半年後には前職と同じ給料が取れるようになったんです」。


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「あと独立したての頃は家内が昼夜ダブルヘッダーで働いてくれました。
 これがなかったらウチは無理でしたね(苦笑)。
 ホントによく働いてサポートしてくれました、だから思い切って行けました。
 背中を押してくれた陰の功労者ですね。

 あとは、今もいる従業員の杉本もアホですね(笑)。
 最初の数カ月は2人揃ってアルバイト以下しか給料が出ない訳ですから(苦笑)。
 利益の40%を会社に残して残りの60%を2人で分けてました。
 これも彼が自宅から通っていたのに助けられましたね。
 ある意味3人の力が結集されてこの会社ができたようなものです」。


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「あとは足立区の地代の安さですね。
 東京に出てきて最初は目黒の学芸大学にいたけど、あそこだったら無理。
 足立区でも環七と国道四号に挟まれたこの一角を転々としてるんです。

 当初、物件は竹の塚で探してましたけど、竹の塚は高いんですよね。
 25坪で70ウン万円という。

 CA4LA(カシラ)の社長と前の会社からお付き合いがあって、
 原宿の物件を紹介されたんですけどそこも高すぎて。まあ、裏原絶頂期の話ですね。

 そのときは駅周辺じゃないとダメだと思ってたから、北千住もまわったけど当然無理。
 もうダメかなと思ってたら、昔リサイクル屋だったここを見つけて。
 4号線からは1本外れてるけど、近くにマックがあって100円ショップもある。
 独立したばかりで仕事の少なかった知り合いの大工がいたから、
 悪いけど1ヶ月くらい身体開けてと言って全部任せて。
 中は広かったんで倉庫と店舗と半分で使ってます」。

と、無事ショップの開店にこぎ着けるわけだが、
輸入商社という仕事はなかなか不確定性が高いことも事実。

「並行輸入やってて毎年3、4回はラスベガスのギフトショーのようなイベントに参加して
 買い付けしてくるんですよ。独立して次の年かな、ラスベガスでなにも良いものがなくて売り物がない。
 秋冬どうしようかと本気でヤバくなって。この商売は良いものがなければ売れませんから。
 開き直ってラスベガスのプールサイドでぼけーっといろんなこと考えてようやく、
 『自分でプロデュースして動かすようにならないとダメだな』という結論になって」。

そこから「76」のナンバーで有名なアメリカのガソリンスタンド「ユノカル」をはじめとする
ライセンスグッズの製作にも進出するようになったという。

「当時大人気だったラルクアンエシエルのメンバーがギターにステッカーを貼ってくれたりして、
 ライセンス契約して商品出した途端にドカンと売れちゃって。今でも契約してるんですよ」。


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本連載の第1回で紹介した株式会社マツブンの復興支援チャリティポロシャツも扱っている。


現在ライセンス契約をしているのはコカ・コーラと76ブランド。
過去にキャンベルスープ、ハワイのコナビール、ワゴンやキックボードで有名なラジオフライヤーなど、
アメリカを思わせる有名メーカーとも契約をしていた。

アイテムはキーホルダーや携帯ストラップなどの雑貨がメインである。
一時期は7ブランドほど契約していたが、ハンドリングに限界を感じ今は厳選した企業と契約をしている。

「コカ・コーラさんとは契約して10年経ちますが、その間ペプシは飲んでません。
 どこかでお天道様が見てるみたいな感じがして、陰でも飲めません(笑)。
 これは僕の家族にも徹底させてます」。


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コーラやファンタの片仮名オールドロゴが主張。オーバー30は感涙必至のグッズ。


▼ 良くも悪くも足立区はブランドになる
   
渡社長が独立したのが96年であり、Made In Summerの開店が2004年。
それ以来作り続けてきたのが足立区をテーマにしたオリジナルグッズである。

「開店当時から足立区グッズは作ってます。
 モチーフは日本風で、ハワイのローカルなお店をテーマにして。良くも悪くも足立区って有名でしょ。
 ちょっとやってみたらウケちゃったんですよ。足立区ウォーカーもアド街も来てくれて一気にドカンと。

 うちに出入りしてる佐川急便の人がサーファーなんですけど、
 その人のために足立波乗り隊≠ニいうモチーフでTシャツとかステッカーとか作ったら、
 それもすごいウケて。それ以来、毎日佐川さんの誰かが買いに来てくれて。
 僕もサーフィンやってるんで、じゃあ1度みんなでセッションしようということになって。
 それでみんなで千葉の一宮にいっしょに行ったり。エライ楽しかったですね。
 そこから本格的にサーフィンに再びハマってしまって」。


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おしゃれ上級者向けの「アイラブあだち」Tシャツ。


商品を売るだけのショップではなく、そこに集まる人々の交流を活性化させるショップ。
今の東京に必要なのはこういったコミュニティとしてのスペースだろう。

渡社長の耳には「足立区Tシャツを家族4人でアリオで着てる人を見ました!」
といった情報が入ってくることもあるという。

「3月の震災以降、ショップの売り上げは厳しいですが、
 開店以降オリジナル以外の衣料は置かないとかルールは決めてますね。

 あくまでも夏がテーマ。サーフショップとか言われますが、客層が限定されないようあくまで夏。

 僕が言うのもなんですが、サーファーって独特の人種なんです。
 そういうところで囲いを作らずによりたくさんの人に来てもらえるようなショップを意識してます」。

オリジナルウェアのプライスはどれも抑えめで、Tシャツなら1500円〜1900円という価格帯。

「消耗品じゃないですかTシャツって。自分が消費者の時は2900円がギリギリ。
 業界入って本気でTシャツやったら、大人の事情で値段が上がってるだけなんだなと知って。
 だったらなるべく買いやすい値で。

 アメリカのごわごわしたコットンが好きだから、ボディにはアンビルとかギルダンの
 オンスの重いやつを使って。

 お客さんにも『おたくのTシャツは作りが良いから持つんだよね』とか言われて、
 なかなか買い換えてもらえないんですが(笑)」。

アンビル、ギルダンとはアメリカのブランドである。
日本ではヘインズのTシャツが一番有名と思われるが、そのヘインズと並ぶTシャツの主力ブランドだ。
この辺のボディのセレクトについてもアメリカ文化を愛する渡社長ならではのこだわりが伺える。


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渡社長のご長男をモデルにしたオリジナルキャラノビー=B


保木間地区、いや足立区でも有数の名物ショップとなったMade In Summer
この先の展望を聞いてみた。

「店としてはタダでさえ人が少ない車通りですから、一見さんにもまた来てもらえるようにしないと。
 そう考えるとお客さんが入ってきてそのときの財布の中のお金で買える感覚。

 一時期ハワイに店を出したかったんですよ。波乗りやりながら余生を過ごそうかなと。
 でも、店やってる人の悩みは人材なんですよ。いくら口で説明しても人に任せると脱線してしまう。
 だから自分の目の届く範囲でやっていきたいなと。

 もし次やるなら夏のやりたいことはやってるから、
 足立屋本舗≠ンたいな和をテーマにした足立ブランドだけでやろうかなと。
 それこそ、お茶屋みたいな内装で」。


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なんとiPadとiPhoneも取り扱っている、というのはウソでこちらはマウスパッド。

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足立ステッカーをバックに1枚。


有限会社ライフスタイル
東京都足立区保木間3-32-13
http://www.lifestyle-mis.com/
   
   
   
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
   
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posted by ジャンク派 at 21:32 | Comment(0) | 【足立社長列伝】
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