2011年11月21日

【足立社長列伝】 第7回 株式会社CCP 延藤直紀社長 <前編>

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▼ キックボクサーからソフビ・フィギュアメーカーの社長に

足立区の五反野駅。

東京の城南地区に住む人間に自分が五反野に住んでることを話すと
かなりの確率で「ああ、五反田ね。近いじゃん」と言われる東武伊勢崎線のマイナータウン。

戦後の未解決事件である下山事件の発生した地域であると言えば、
それなりの年齢の方にはわかってもらえるだろうか。

五反野駅から徒歩7、8分の距離にあるCCP(キャラクター・コンテンツ・プロダクション)は、
200uの自社工場を持つ足立区の知る人ぞ知るリアル志向のソフビ・フィギュアメーカーで、
リアリティを追求したキン肉マンや特撮モノの造形には定評がある。

延藤直紀社長は元航空自衛官にして
全日本2位、世界3位の実績を持つキックボクサーという異色の経歴だ。


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秘密結社の隠れ家のような外観のCCP自社工場。
ここからキン肉マンやウルトラマンのソフビ・フィギュアが生み出されている。



足立区には玩具を手がける町工場が多数存在し、
設計屋、材料屋といった職人も多くいるのでおもちゃ作りには適した環境だと延藤社長は言う。
足立区ならではの地価の安さを活かして、CCPは工場兼メーカーの機能を持った企業である。

完全に体育会系の経歴を持つ延藤社長が
なぜソフビ・フィギュアという180度ベクトルの異なるインドアの会社を興したのか。

「基本は好きなことをやってるだけです。
 子どもの頃は普通にジャンプ読んでテレビでウルトラマン見て。
 格闘技やってたんでヒーローへの憧れは当然ありましたね」。


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と、意外なほどシンプルな答えが返ってきた。

大人になってからは特にフィギュアのコレクションをするわけでもなく、
自衛官、キックボクサーとして硬派な時代を送ってきた。

アニメや特撮の世界を第二の人生にしようと決めたのはいつ頃からなのか。

「30過ぎたくらいですかね、キャラクターに目覚めたのは。
 きっかけはお金が無くて(笑)。

 ある日たまたま自分が子どもの頃に持ってたフィギュアが
 プレミア付いて高値になってたことにビックリして。
 そういう価値観があるんだと知って、もう一回おもちゃを見直すことに。

 ちょうど雑誌のフィギュア王(※1997年創刊)とかが出始めたときですね。
 それまで古物商とかプレミアショップの存在なんて知らなかったから。
 実家にも電話して『昔のおもちゃ無い?』とか聞いて必死でしたからね(笑)」。

フィギュア製作の技術を本格的に学んだわけでもなく、
学校に通ったわけでもなく、完全にゼロからのスタートである。

1度サラリーマンとして会社勤めの経験もある延藤社長がCCPを立ち上げたのは2002年。
わずか10年足らずでフィギュア界では知らぬ者のいない実力派メーカーの地位を確立している。

「昔は限定品のモデルなんかを煽られて買ってたけど、
 どうしても一般流通で流れてる既製品だけじゃ満足できなくて。
 自分で作っちゃうタイプなんで」。


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ズラリと並んだウルトラ怪獣。
手前右からタッコング、エレキング、レッドキング、ドドンゴ、ドラコ、ヒッポリト星人、ツインテールetc……。
以上、筆者の記憶を頼りに知っている怪獣名のみ挙げてみた。



▼ ショップに通ってフィギュア製作の基礎を一から学ぶ

自作すると言っても、フィギュアというものは素人がおいそれと作れるものではない。
その技術とノウハウはどこで身に付けたのだろうか。

「普通にお店に行って学びました。どうしたら作れるのかと。
 実際に作ってるモデラーの人を紹介してもらって、そこで作ってもらって。

 今はもうなくなっちゃったけど池袋のエンパイアさんという、
 カルビーの仮面ライダーカードの復刻を手がけてるカードショップ。
 そこでいろいろなことを聞いて」。

自分の興味のあるショップに足繁く通って徹底的に教えを請う。
これ以上ないシンプルな方法である。

「そうやって最初に作ったのがスペクトルマンですよ。
 その人にメーカーとしての果たすべき機能も教えてもらって、
 徐々にスタートしていったんです。

 その次はウルトラマンに行きましたね。
 まあ、ウルトラマンと比べるとスペクトルマンは2軍のエース的な存在で(笑)
 紹介もあって実現できましたが、ビッグネームのウルトラマンはそう簡単に行きませんよね」。


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奥に立っている黄金色のヒーローがスペクトルマン。
昭和のヒーローらしい無骨なデザインが時代を感じさせる。



スペクトルマンとは1971〜1972年にかけてフジテレビで放送された特撮ヒーローもの。
当初のタイトルは悪役の名である『宇宙猿人ゴリ』だったが、
その後『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』に変更されて、
最終的に『スペクトルマン』に落ち着いたという味わい深いタイトルの変遷を持つ
ややマイナーなヒーローである。(以上の情報はすべてウィキペディアから

ウルトラマンの版権を持つ円谷プロに電話をしたものの初回は門前払いだったという。

いかに元キックボクサーで輝かしい実績を持っていても
フィギュアの世界ではまだまだ無名だった当時。
何のコネクションもなく電話をかけるという正面突破の作戦に打って出た延藤社長。

「あきらめきれなくてもう1回電話したら違う人が出て取り次いでくれたんです」。

と、ここで事態はいい方向へ進んでいく。
やはりそこには初回のスペクトルマンを製作した実績があったからだろうか。

「それもあったでしょうね。
 僕は先方と会ってもないのに版権降りましたからね。
 たまたま先方もうちのスペクトルマンを作ってくれた人間を知ってたのでその関係かなと。
 行ってないんですよ円谷プロに。電話だけですよ。すごいな今考えると(笑)」。

そうして製作した作品はフィギュア専門誌に広告を打ち通販で販売したり、
各地のショップに卸したりして徐々にメーカーとしての実績と知名度を高めていった。

現在はウルトラマンを始め、ガメラ、ヘドラなどの特撮モノの他、
キン肉マンやエヴァンゲリオンのソフビ・フィギュア・Tシャツをメインに生み出しているCCP。
他企業とのコラボも積極的に展開し、ますますその活動のフィールドを広げている。


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製作風景。みんなマジメに仕事してます。


後編予告:業界屈指のリアリズムを追求した造形の秘密に迫る!
       
      
松山 貴之 [PROFILE]
   
   
   
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posted by ジャンク派 at 19:34 | Comment(0) | 【足立社長列伝】
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